根本的に恋愛をみつめる
恋愛というのが、どうしても固いものだと勘違いしている方が多い。人と関わっていかなければならないのだから、それ相応の覚悟は必要になるもの。30歳を過ぎた童貞はなぜモテないのか。あたりまえである。結婚をするまで童貞を守り抜こうという世にも珍しい考えの方はそれで結構だ。でも、特に何の意思を持つわけでもなくのほほんとすごしてきた人達(童貞のみなさん)これは、必ず原因が自分自身のどこかにあるのだ。
モテるというのはやはり、同じ部分に惹かれる女性が多いから「モテる」ということになる。ではモテるってどういうことなのか。童貞の方からすれば、どうでもいい話だろうがこれはこれから恋愛する日々を送る方にとってはとても重要な、しかも基盤になる部分である。童貞というのはネガティブシンキングなだけあってモテる男をねたみがちである。しかしこれは人間にはあってもおかしくない感情。人を羨んでばかりというのは問題だが、それがバネになって自分をうんと高い所へ運んでくれるなら、ねたむことも時には必要かもしれないからである。
童貞が考える恋愛とは
まず恋愛とは何なのか。そんなこと学校では教えてくれないのだ、そのくせ性教育は受けさせる。なぜなのか。恋愛というのは人間が生きていくうえで自然と覚える感情であること、そしてこれが人によって意見が違う幅の広い哲学だからである。怒ったり泣いたりするのも感情であるがゆえに自然とその想いを感じ取りこれが泣くこと・怒ることといったようにとくに人から教わったというわけでもない。恋愛はどこに行けばその感情が発生するのか、だれに会えば恋愛できるのか。それ以前に、ネガティブ諸君はきっと「果たして自分に恋愛をすることができるのだろうか」ということを考えているのだ。
すでに述べたが恋愛はひとにおそわるような感情ではないので、できるできないは人には決められない。ただ、恋愛が出来ない人は、それは出来ないのではなく恋愛をしない人のこと。異性を愛する人、同姓を愛する人がいるようにどちらも愛さないひともいるのだからその場合はきっと自分で気づいていることだろう。
無性愛者の存在
無性愛者でないかぎり、人はかならずだれかと恋愛することになるわけで、ここでいう恋愛とはお互いにお互いの存在価値を認めていないとこの関係性は立証できない。恋愛はひとりでするものではないからだ。童貞にとっての大きな壁はおそらくここにあるのではないだろうか。「自分を好きになってくれる人が現れるだろうか」という大きな悩みを抱えているがためになかなか前へ進めないのだ。この件に関しては非常に繊細で扱いが難しい内容になるがこれにも解決方法は必ずある。